選手インタビュー:丸尾知司選手
今夏開催されるロンドン世界陸上50km競歩に出場する丸尾知司選手。 度重なる苦難を乗り越え今回の日本代表の座を獲得した。そんな丸尾選手の世界陸上に対する思い、強さの秘訣に迫った。
 

 

■ロンドン世界陸上日本代表への選出おめでとうございます。今の率直な感想をお願いします。

 目標通りに歩けない試合も多くあり悔しいときも多々ありましたが、本当に多くの方々の支えのおかげで代表に選出していただきました。 応援していただく方々に日本代表選出という形で恩返しをすることができ 、大変嬉しく思っています。会社でも多くの方に祝福のお言葉をかけていただき、自らが競技に打ち込む理由を再確認することができました。沢山の応援があるからこそアスリートは強くなり、応援してくださる方に喜んでもらいたいと思うことで 、最大限の力を発揮できるのだと改めて感じました。

■日本代表になるまで大変な努力をされてきたのだとは思いますが、日々の練習で意識していた点、また試合に対する心構えをお聞かせください。

 まず意識していることは、明確な目標を立て、その目標に向けた計画を細かいところまで立てることです。また、日々の練習、生活での自らの身体の状態を記録するということを大切にしています。練習時のタイムはもちろんですが心拍数や乳酸値、起床時の脈拍、体重、食事、など身体の状態を常に把握して、そのデータを参考に身体が良いコンディションでいられるように意識しています。試合では、サポートしてくださる方々が満足するようなレースができるように意識してレースに挑んでいます。

■競技を始めて最も辛かった時期、挫折しそうだった時を教えてください。

 
高校2年生の冬に左膝を手術して、まともに歩くことさえも できなくなったときが私の陸上人生で最も辛い時期だったと思います。チームメイトが、元気良く走るなか一人でリハビリをしていたときは競技者として本当に辛かったです。当時は、膝も大きく腫れてしまい普段5分で歩けた所を20分もかけないと歩けないような状態でした。しかしながら、当時の辛い経験があったからこそ今の自分があると思っています。
 


手術後の様子

 洛南高校時代の丸尾選手。2年時に左膝に猛烈な痛みを覚え検査した結果、分裂膝蓋骨だということが判明。その後手術をするも苦しいリハビリの毎日を送ったという。 リハビリ期間の長さから一度は競技に対する諦めもよぎった。

※分裂膝蓋骨・・・先天的、または後天的に膝蓋骨(膝の皿)が分裂する病気 。丸尾選手は過度の運動や、膝の曲げ伸ばしといったオーバーワークが原因で起こった後天的なもの。


■練習が無いときは何をしていますか?地元に帰ることもありますか?
 
 練習が無い日は、部屋でゆっくり映画を観たり、夕日の写真を撮りにいくこともあります。綺麗な夕日を見ると2年間いた和歌山県を思い出します。
 地元が大好きなので帰るチャンスがあれば、積極的に帰るようにしています。地元の友人と食事に行ったり、母の手料理を食べたりと家族との時間も大切にしています。


■最後に世界陸上での目標と、応援して下さっている方々にメッセージをお願い致します。


 世界陸上では、まずは自らの能力を最大限に発揮できるよう、しっかりと準備していきたいと思います。また応援してくださる方々がすこしでも元気になれるようなレースをしたいと思います。レースは現 地時間の8月13日(日)7時45分スタートになりますので、日本では15時45分です。時間、日程的にも比較的ご覧になりやすい時間であると思いますので、是非、この機会に50km競歩日本チームを応援していただきたいです。3時間を越える長時間のレースとなりますが、ナショナルチーム全員で協力して、精一杯歩いて参りたいと思います。応援よろしくお願い致します!

 

■丸尾知司(まるお さとし)
1991年11月28日生まれ、京都府京都市出身。
2007年に洛南高校に長距離の選手として入学するも、2年時に膝の故障で12月に手術、その後6ヶ月にも及ぶリハビリ期間を経て競歩に転向。その競歩で才能が開花 し、インターハイで3位入賞、その年の新潟国体で優勝した。2010年びわこ成蹊スポーツ大学に入学。大学では副キャプテンを務めるなど、周りからの人望もとても厚かった。大学卒業後は和歌山県庁に就職。 2年勤めたのち、2016年に愛知製鋼に二人目の競歩選手として入社。 写真は趣味のカメラと共に。

 

このページの先頭へ