愛知製鋼のDNA

愛知製鋼株式会社は、1934年に 株式会社豊田自動織機製作所(現 株式会社豊田自動織機)内の製鋼部門として設立されました。
原点である、豊田喜一郎の言葉「よきクルマは、よきハガネから」と、その精神が受け継がれ、紡いできた歴史をたどります。

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1933~1934

豊田喜一郎と自動車製造の開始

1933年9月、本格的に自動車開発に着手するため豊田自動織機製作所内に自動車部が設置され、喜一郎は試作工場と製鋼所の建設にとりかかりました。 自動車部設置の翌年1月、自動車製造が正式にスタートし、この時に設置された製鋼部が当社事業の出発点となりました。

当社のルーツと豊田佐吉

1934~1940

当社のルーツと豊田喜一郎

1934年、豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)に設置された製鋼部門が愛知製鋼の出発点であり、日本における自動車産業の勃興期にあって、自動車用特殊鋼の製造を担って誕生しました。当社事業を興し会社設立へ導いたのが豊田喜一郎であり、喜一郎は、父・佐吉から国産自動車製造の夢を託され、その精神と事業を基盤に未開拓の道を歩みました。

1934

製鋼所建設と自動車用鋼の開発

製鋼部が設置された背景として、自動車製造の開始にあたり、最も重要な課題として自動車用特殊鋼の確保があったからでした。 

製鋼所建設と自動車用鋼の開発

1934

自動車用鍛造品の製作

当初は紡織機用のフリーハンマー(2トン、1トン、1/2トンの計3基)を利用していました。困難も多数あったものの、自動車用鍛造部品の試作は進み、クランクシャフトのほかカムシャフト、コネクティングロッド、バルブロッカーアーム、プッシュロッドなどの自動車に必要とされる鍛造品(粗形材)のほとんどを生産できるようになりました。

自動車用鍛造品の製作

1935

試作第1号車A1型乗用車完成

豊田自動織機製作所内に自動車部が設置されてわずか2年後の1935年、乗用車試作第1号車(A1型)とトラック第1号車(G1型)が完成。この量産化のため、1キロほど離れた場所に自動車組立工場が建設され1936年から稼働しました。 豊田自動織機製作所から自動車部が分離独立し、1937年8月に「トヨタ自動車工業株式会社」が設立され、社長に豊田利三郎、副社長に豊田喜一郎が就任しました。

試作第1号車A1型乗用車完成

1937

製鋼所拡張から新工場建設へ

豊田自動織機製作所の製鋼部では、1937年末に製鋼所を拡張し、圧延品として鋼種別32種、サイズ別210種、月産650台分の自動車部品73種の製造が可能になりました。さらにトヨタ自動車工業の挙母工場への移転とともに製鋼所も拡張されました。

製鋼所拡張から新工場建設へ

1939~1940

会社設立認可

知多工場建設にともない、豊田自動織機製作所から製鋼部を分離して設立されたのが愛知製鋼です。1939年12月、豊田自動織機製作所の取締役会において製鋼部門の分離独立が決議され、製鉄事業法による会社設立認可を得て1940年3月「豊田製鋼株式会社」が発足しました。

会社設立認可

1940

社章の制定

当社の旧社章は、1940年9月頃、従業員に案をつのったものの、応募案のなかに適当なものがなかったことから、当時の岡部常務取締役が、豊田自動織機製作所の社章にあやかって「ト」を四つ組んで円を描いて「タ」を囲み「トヨタ」としよう、ということから決定されました。

社章の制定

1943

知多工場の建設と稼働

トヨタ自動車工業は1938年に月産3,000台とする増産計画を立案。これにより特殊鋼の必要生産量も増大し、当社は早急に新工場の建設が必要になりました。このため、臨海部の知多郡上野村(現・東海市)に大規模な製鋼工場(知多工場)を新設することが決定され、1939年8月から埋め立て工事を開始。工事開始から約4年を経過した1943年に完成しました。

知多工場の建設と稼働

1945

「愛知製鋼」への改称

占領政策が続くなかで、1945年11月からは経済民主化策の一環として財閥解体が開始され、この動きにトヨタグループはすぐさま対応。関連会社の社名から豊田の名称を削除することとしました。当社も11月29日、社名を豊田製鋼株式会社から「愛知製鋼株式会社」(英文名:AICHI STEEL WORKS,LTD.)へと変更しました。

「愛知製鋼」への改称

1949

技術研究と新製品の開発

1949年5月に技術部を設置、自動車・鉄道用ばね鋼の開発を推進しました。この時からの研究成果が、小鋼塊によってばね平鋼を生産する当社独自の技術確立へと結実し、主力製品へと成長を遂げることになります。また建築用鉄筋材「デフォームドバー」を日本で初めて開発。この際の材料仕様が、当時の日本における鉄筋コンクリート工事の標準になりました。

技術研究と新製品の開発

1951

特需と第1次設備近代化計画の推進

鉄鋼業界では政府主導のもとで設備近代化をめざした「第1次合理化計画」(1951年~1955年)が推進されました。 当社は独自で1951年から設備近代化に着手し、名実ともに特殊鋼メーカーとしての体制を確立しました。

特需と第1次設備近代化計画の推進

1952

特殊鋼生産への転換

1952年以降は特殊鋼を中心とした生産体制へと転換しました。自動車産業向けばね鋼や構造用合金鋼などに加え、機械構造用炭素鋼の増販へと向かったのであり、この結果、特殊鋼の販売数量は1953年6月期には1万2,000トンと生産比率の8割を超えるようになり、改めて特殊鋼専業メーカーとして歩み始めることになりました。

特殊鋼生産への転換

1954

海外への展開

輸出を積極的に模索し、アルゼンチン向けばね鋼5,000トンを皮切りに、ブラジル向け、インド向けに大量輸出を成約しました。

1957

電気炉増設と平炉の再開

当社は塩基性平炉による自動車用特殊鋼の量産化を日本で初めて開始し、この平炉再開は各方面から注目を集めました。

電気炉増設と平炉の再開

1957~1960

新市場の開拓

乗用車の量産においては鋼材の高級化が不可欠ですが、この分野で当社研究陣が果たした役割は大きく、また加工性や耐食性など材料特性の研究に努めた結果、当社は日本でも有数の特殊鋼メーカーとして成長を遂げることができました。そして、輸出課を新設した1961年にはフィリピン、タイなどに加えインドネシア、オーストラリアなどへも広がり、輸出実績は年間1万トンを超えました。

新市場の開拓

1960

臨海工場建設の決定

当社は、特殊鋼専業メーカーとしての確固たる地位を築くために、1960年代前半から製鋼、圧延、熱処理、鍛造など一連の生産設備の抜本的な増強に着手。大型電気炉の新設、平炉の増容、分塊圧延機ならびに高性能中小形圧延機の設置をし、生産能力の増強に努めました。

臨海工場建設の決定

1960

研究開発体制の確立と技術提携

1964年3月には研究部を研究開発部に改め、材料研究、加工研究、試作にそれぞれの担当課を設けて実践的な開発体制を整えました。1961年7月、先進企業である米国アームコ社との間で10年間にわたる技術提携を結びました。当社の製鋼技術は一段と向上し、多くの鋼種を開発しました。この技術開発こそ当社がステンレス形鋼分野でのシェアを高める基盤となり、提携10年間におけるステンレス鋼生産高は約11倍にも伸張しました。

研究開発体制の確立と技術提携

1960

圧延設備と熱処理設備の増強

刈谷工場においては、中・小形圧延機を統合する工事を1960年7月に完了しました。工場増強によって、リムバーの圧延を開始したほか、ステンレスシートバーの圧延能率向上と品種の拡大、丸鋼の生産性と寸法精度の向上などを実現し、圧延能力は大幅に増加して多品種生産が可能となりました。

圧延設備と熱処理設備の増強

1963~1964

製鋼能力の拡充〜炉の増強と分塊圧延機の設置

1963年夏からは鋼塊製造コストの大幅な低減を目的に、知多工場に7号30トン電気炉を建設し、1964年4月に完成、新電気炉の完成により、鋼塊生産高は月4,000トン増加し、製鋼能力は平炉と電気炉を合わせて大幅に向上しました。

製鋼能力の拡充〜炉の増強と分塊圧延機の設置

1964

知多鍛造工場の稼動

1960年頃、トヨタ自動車工業㈱(現在のトヨタ自動車㈱)では急増する自動車生産に対応するため、鍛造部門の設備増強計画が種々検討されていました。その結果、それまで当社刈谷工場で生産していた鍛造部品と、トヨタ自動車工業㈱の本社鍛造工場の鍛造部品の一部をまとめて、別工場で量産化を図ることになりました。そして、1964年7月に知多鍛造工場(現在の第1鍛造工場)が稼働し、これにより自動車用鍛造品の販売は自動車メーカー各社へ広がりました。

知多鍛造工場の稼動

1963~1968

圧延設備の増強

刈谷工場は、1963年に小形圧延機によるステンレス平鋼の本格的な圧延を開始し、1964年には建材や化学プラント分野の製品へと拡大。小幅平鋼とドアフレーム用ステンレスH形鋼の圧延を日本で初めて本格的に開始し、表面品質向上と酸洗能力増強のためアームコ社との技術提携による国内初の脱スケール装置を導入しました。1968年には、レイアウトの大幅な変更と酸洗設備などの新設備を導入し、ステンレス形鋼の生産体制を整えました。

圧延設備の増強

1970

完全電気炉メーカーへの転換

知多工場の平炉が完成してからも、約30年間に渡って両炉での製鋼技術開発を進めてきました。しかし、平炉は原価と生産能率の面で次第に不利になってきました。そこで、1970年3月に平炉を休止させ、その代わりに50トン電気炉を増設。ここを境に当社は完全電気炉メーカーへの道を歩むことになり、ばね鋼スモール鋼塊は再び電気炉で製造し、引き続きばね鋼国内シェアトップの地位を確保しました。

完全電気炉メーカーへの転換

1970~1975

高級鋼化と新鋼種、鍛造技術の開発

当社は開発の主力をギヤなど自動車部品分野の特殊鋼開発に置き、また付加価値を高める異形材圧延技術を開発。新分野の開発も視野に開発体制の強化をはかりました。トヨタ自動車工業との共同研究も進め、鋼種ごとのスペシャリストが育成され、ギヤ用鋼、軸受鋼、工具鋼などの新鋼種を次々と開発。AUJ1は従来の高炭素クロム軸受鋼の概念を打破して開発したもので1975年に特許を取得しました。このような軸受鋼の開発によって、当社は軸受鋼メーカーとしての基盤を確立しました。

高級鋼化と新鋼種、鍛造技術の開発

1971

プロジェクトによる製品開発と非鉄分野への進出

脱特殊鋼の第1号として、非鉄製品プロジェクトチーム(Cuプロ)が結成され、アルミニウムの表面に銅を浸透させ銅層をコーティングする特殊技術「カッパライジング」の研究結果をもとに、事業化に着手。知多工場内に生産ラインを完成させ、大手重電機メーカーを中心に市場開拓し、量産化に向けて工場を拡張しました。この事業化は、当社が鋼材以外の新しい道を探る開発として大きな意義を持ち、今日の電子材料分野を築く礎となりました。

プロジェクトによる製品開発と非鉄分野への進出

1973~1974

圧延技術の開発

当社は各種設備を増強する一方、独自の圧延技術の開発を推進し、ばねメーカーと共同で黒皮精密圧延丸棒(SR材)の製造技術の確立に取り組み、世界的に最も品質の高い製品の製造技術を開発しました。

圧延技術の開発

1976

第4鍛造工場の新設と鍛造品の高品質化

鋳物品から鍛造品への需要が高まる中、エンジン主要部品であるクランクシャフトの内製化が決定。放電加工機や電解加工機、マシニングセンターなどの高性能機を導入し、高精度、複雑化する鍛造品の形状に対応した精度の高い金型加工に対応しました。このような設備増強と生産技術の向上により、鍛造工場の生産高は年々増加し、1976年12月には累計生産高50万トンを達成しました。

第4鍛造工場の新設と鍛造品の高品質化

1978~1980

PM優秀事業場賞の受賞

当社は設備管理活動の強化をねらいに、1978年からTPM活動に取り組みました。導入後短期間で顕著な成果をあげたことが評価されて1980年9月にPM優秀事業場賞の受賞が決定しました。

PM賞の受賞

1982

世界初の複合製鋼プロセス実現

当社は長年の研究の成果として、従来の製鋼法を革新する「複合製鋼プロセス」の構想をつくりあげてきました。電気炉-精錬炉-真空脱ガス装置-連続鋳造設備を組み合わせた特殊鋼の新製法であり、品質・原価・納期の全ての面で画期的な成果をもたらしました。当社にとっては20年ぶりの大型設備投資となりましたが、世界で初めて実現した複合製鋼プロセスは、内外における製鋼設備近代化の主流となりました。

世界初の複合製鋼プロセス実現

1982

世界最新鋭の圧延工場誕生

圧延工程を近代化するため、新中小形圧延工場の建設が決定しました。この圧延工場は多品種小ロット・多ラウンド圧延に対応してフリーサイズが可能な設備とするとともに、品質精度を高め数々の新機構を折り込み、安定した品質管理と正確な工程管理の実現をめざしました。 なお1991年には「顧客満足度向上をめざした特殊鋼棒鋼圧延システムの開発」のテーマで、当社技術陣が日本科学技術連盟の石川賞を受賞しました。

世界最新鋭の圧延工場誕生

1983

圧延設備の増強、合理化およびステンレス形鋼設備の増強

1983年10月には当社独自の熱冷間複合加工技術の開発によって世界で初めて圧延チャンネルの製造に成功しました。

圧延設備の増強、合理化およびステンレス形鋼設備の増強

1985

経営理念を制定

当社は創立45周年にあたる1985年を機に、先人の残した遺訓と精神を受け継ぎ、新しい時代に必要な心構えを盛り込んだ「経営理念」を翌1986年に制定しました。

経営理念を制定

1985

生産方式の革新

鋼材生産方式の抜本的な革新に取り組み、トヨタ生産方式の導入によって、まとめ生産から多品種少量生産へ、そして大幅な納期短縮に取り組みました。鍛造部門では、1983年頃から第2鍛造工場を中心にジャスト・イン・タイムの導入を進め、試行錯誤を経て1986年春には全鍛造工場に「かんばん方式」を導入。それまでの生産計画表による生産から、在庫が基準以下になれば決まった量を生産する在庫補充方式への転換でした。

生産方式の革新

1987

チタン形材の開発

1987年、刈谷工場において世界で初めてとなる熱間圧延によるチタン形材の生産に成功。チタンの比重は鉄の約6割であり、高い耐食性を活かして化学工業や航空宇宙分野など過酷な環境下で利用されており、当社は1988年から多様な形状の製品販売を開始しました。

チタン形材の開発

1987

デミング賞受賞

デミング賞は、優れたTQCが実施されている企業・組織に授与される世界最高ランクの賞であり、当社は1986年をTQCの展開期、1987年を定着期として受賞をめざすことにしました。TQCにおける重点課題として、「新設備・技術開発による高品質化」「新製品開発の推進」「特殊鋼における生産方式の革新」「戦略的営業活動」の4テーマを据え活動を推進し、1987年に受賞しました。

デミング賞受賞

1988

歯科用磁性アタッチメント開発

1988年から磁石・磁性分野の技術を歯科(デンタル)分野に応用する技術開発が愛知学院大学歯学部とともに始まりました。「磁石の力で義歯(入れ歯)を固定できないか」との発想から開始された共同開発であり、当社はおよそ4年の歳月をかけて磁石構造体(入れ歯側)の、高吸引化、超小型化、高耐食性化の研究開発に取り組み、1992(平成4)年、義歯を磁石の力で維持する歯科用磁性アタッチメント「マグフィット600」を日本で初めて実用化し、発売開始しました。

歯科用磁性アタッチメント開発

1988

三元快削鋼の開発

従来、クランクシャフトは鋳物品が使われていましたが、鍛造で製造されたクランクシャフトは鋳物品に比べると強度は高いが切削性が劣るという問題がありました。そこで、カルシウム、硫黄、鉛の三元素を添加することで切削性を大幅に向上させながら、従来の鍛造品と同等以上の強度を有する鍛造クランクシャフト用鋼を開発、生産性の向上や低コスト化に大きく貢献しました。

1992

PM特別賞

当社はPM優秀事業場賞(現・TPM優秀賞)を1980年に受賞していましたが、製造現場中心の活動から生産プロセスへ、そしてビジネスプロセス全体へと広げ、1992年9月、鉄鋼業界では初めてとなる「PM特別賞」受賞が決定しました。

PM特別賞

1992

新事業の開発

1992年にエレクトロニクス部を発足させて新規事業を推進し、1993年には東浦工場を竣工させて生産を本格化。組織名称は1994年に電子・磁性部品部、2003年に電磁品事業部に変更するとともに、「電子部品」「デンタル」「磁石」「センサ」の4分野に広がる現在の電磁品事業の基盤を確立しました。

1995

海外生産拠点の構築

1994年11月、当社は現地大手鍛造会社に商社2社と共同で資本参入し、翌1995年、初の海外生産拠点として「アイチ フォージング カンパニー オブ アジア(Aichi Forging Company of Asia, Inc.)」(AFC)を設立。設立時のAFCは、日系自動車メーカーが数多く進出するサンタローサ市に本社を置き、東南アジアでは最大級の鍛造会社として自動車用鍛造部品を生産しました。

海外生産拠点の構築

1995

ボンド磁石の開発

世界では長らく鉄酸化物を主原料とするフェライト磁石が主流でしたが、当社は希土類金属(ネオジム)と鉄からなる磁石粉末に樹脂を混合したネオジム系異方性ボンド磁石において、加工性と磁力を大幅に高めた画期的な磁石を開発し、「マグファイン」と名付けて家電市場向けから製品化を開始しました。

ボンド磁石の開発

2001

サスコン(SUSCON)の開発

コンクリート構造物用の鉄筋として、ステンレス鉄筋コンクリートバー「サスコン(SUSCON)」を開発して発売。塩害や中性化による腐食を解決する素材として、錆びにくく非磁性の特長を有するニッケル系ステンレス鋼を用いた鉄筋バーを開発しました。

サスコン(SUSCON)の開発

2001

鉛フリー快削鋼の開発

鉛快削鋼は環境負荷物質である鉛を含有するため、その使用量削減が課題となっていました。また、日本自動車工業会でも自動車に使用される鉛の量を2005年までに1996年の3分の1に削減する目標が掲げられたため、自動車用快削鋼で鉛を使用しない鉛フリー快削鋼を開発し、同年、「トヨタ技術開発賞」を受賞しました。

鉛フリー快削鋼の開発

2002

ネオジム系異方性ボンド磁石の開発

2002年に耐熱性と高磁力を兼ね備えた製品の開発に成功。従来型フェライトモータに対し、50%の小型化と40%の軽量化を実現した革新的な製品でした。

ネオジム系異方性ボンド磁石の開発

2002

MEMSタイプMI素子の開発

携帯電話の普及に伴い、GPSを利用した地図サービスが大きな期待を持って開発されていました。超高感度磁気センサであるMIセンサは、方角を知るための電子コンパスとして好適な高感度を有するため、注目されることとなりました。 携帯電話に内蔵できるよう、MI素子のさらなる小型化と量産化技術の開発に取り組み、同年10月にはこの素子を搭載した電子コンパス(AMI201)の量産化に成功しました。

MEMSタイプMI素子の開発

2003

マグフィットシリーズの開発

既存インプラント製品と組み合わせて磁石義歯が可能となる、「マグフィットIP」シリーズの開発に成功。これまでの天然歯用(自分の歯根)を利用する治療は歯を全部喪失した人には適用できませんでしたが、インプラント(人工歯根)に適用可能なマグフィット製品の開発で、それを可能にしました。

マグフィットシリーズの開発

2003

鉄力あぐりの開発

当社は高温下における鉄の反応を研究する過程で得た知見を植物の活性化に応用。FeOには鉄イオンを安定して供給できる特性があることから、研究と実験を重ね、実用化技術を確立しました。

鉄力あぐりの開発

2005

スラグリサイクル技術の開発

スラグそのものをリユースする独自のスラグリサイクル技術(ANRP法:Aichi New Hot Slag Recycling Process)の開発に取り組み、電気炉への投入技術、設備の改良を重ねながら、ANRP法によるリユースを開始。還元スラグの大幅削減に成功しました。

2005

廃自動車リサイクルに貢献

当社は廃自動車破砕物から金属類を回収した後の樹脂・ゴム・ガラスなど(ASR)のうち、埋め立て処理されていた樹脂類を電気炉の助燃材として活用する技術(ASRリサイクル技術)をトヨタ自動車と共同開発。廃自動車リサイクルに貢献しました。

廃自動車リサイクルに貢献

2007

レアメタルの再資源化

ステンレス鋼の製造過程で発生する副産物から、レアメタルであるニッケルを回収して再資源化する「ブリケット製造設備」を開発し、稼働を開始しました。

レアメタルの再資源化

2007

ASショットの開発

副産物であるスラグを用いた研削材「ASショット」を開発。スラグを落下させて急冷凝固させることで粒状にする技術を開発し、研削材として再資源化したものがASショットです。ASショットは環境性能のみならず、既存品に比べ硬度・強度とも優れ、繰り返し使えるなどの特長を有する製品です。

ASショットの開発

2008

第7鍛造工場の新設

世界最速クラスのラインで、 鍛造から出荷までを同一工場で完結させる第7鍛造工場の新設。納期保証と不具合ゼロをめざしました。ローリングミル成形ラインは、当社独自のノウハウを投入し、材料歩留りと寸法精度を向上させたリング製品の生産に最適な加工ラインです。

第7鍛造工場の新設

2008

3軸ジャイロセンサ(AMI304)の開発

モバイル市場向けに拡大してきた「MIセンサ」に、ジャイロ(角速度)を測定する機能を持たせた3軸ジャイロセンサ(AMI304)の開発に世界で初めて成功しました。

3軸ジャイロセンサ(AMI304)の開発

2013

インド UML社と技術支援契約を締結

愛知製鋼は、アセアンにおけるサプライチェーンの拡充を推進する一環として、現地鉄鋼メーカーを活用し、当社技術が入った鋼材をアセアン各国の製造拠点へ安定的に供給する体制づくりを進めています。 2013年5月、スチールワイヤー生産で世界有数の企業であるインドのウッシャー・マーティン社(UML社)と技術支援契約を締結しました。

インド UML社と技術支援契約を締結

2014

「パームガウスS」の発売

当社グループのアイチ・マイクロ・インテリジェント(株)と共同で販売している、磁場キャンセラ「パームガウス」をリニューアルし、世界初の磁場シミュレーション機能を搭載した「パームガウスS」の発売を開始しました。 本製品は、当社が世界で初めて開発した磁気センサ「MIセンサ」の高性能かつ超小型という特徴を追求した応用製品であり、そのコンパクトさから高い評価を受けています。

「パームガウスS」の発売

2014

燃料電池自動車「MIRAI」へ高圧水素用ステンレス鋼 AUS316-H2が採用

次世代自動車の一つである燃料電池自動車(FCV)の普及のカギを握るのが水素に耐性のある素材の開発です。一般に鉄鋼材料は水素に触れるともろくなる特性がありますが、当社は2013年に高い延性を発揮する高圧水素ステンレス鋼(AUS316L-H2)を開発、2014年に発売されたトヨタ燃料電池車「MIRAI」に採用されました。

燃料電池自動車「MIRAI」へ高圧水素用ステンレス鋼 AUS316-H2が採用

2015

高強度コンロッド用鋼(SVdH38Ca)の開発

近年、自動車業界では燃費低減の手段としてターボチャージャーが再び脚光を浴びています。2014年に開発した高強度コンロッド用鋼は世界トップレベルの高強度と現用鋼と同等の削りやすさを両立したことで、トヨタの新型ターボエンジンに採用され、自動車の燃費低減に貢献しています。

高強度コンロッド用鋼(SVdH38Ca)の開発