第13回

若手科学技術者へのメッセージ

以前のコラムでは、「科学者は文明を創造することだけに限らず、文明を補完するという観点からも、人類社会の発展に役立つべき存在でなければならない」と総括した。この度、あらためて重要な概念である「補完」について述べさせていただいた上で、若手科学技術者にメッセージを送って、MIコラムを締めくくる。

 新技術の開発の権利は、現在では、知的財産である特許によって確保されている。特許の権利保証である専売特許法(パテント)に関しては、米国の旧特許庁の第16代大統領で発明家でもあったリンカーンの言葉 The patent added the fuel to the fire of genius, by A. Lincoln, が良く知られている。リンカーンは、南北戦争を終結させ、米国の工業立国を決定した。

 2020年初頭から、コロナウイルス感染が世界中を覆っている。2021年9月現在80歳である筆者は、高齢者優先でワクチンの2回接種を済ませた。この見えない長期的コロナ禍の中では「パルスオキシメータ」が注目されている。同装置は、日本の某企業の技術開発部門社員が、約50年前に発明し特許を得た(現在の特許法では基本特許の権利は20年であるので、追加の特許権利申請が必要である)。数センチ角の軽量の装置で指を挟めば、血液中酸素濃度の飽和値が簡易に測定される優れたセンサである。2021年には、全国の自治体で自宅療養者中心の感染者測定貸し出し用に購入されているので、一般の購入は至難の状況である。原理は、血液中のヘモグロビンが酸素分子との結合によって、血液透過光の色度が異なることを、透過光の色スペクトルで計測するものである。実は、この原理は現在眼のあたりにするインターネット・スマートフォンの組み合わせである欧米発のディジタル文明技術の応用ではなく、これを「補完」する光センサ技術である。

 この「補完」とは、応用や技術の高度化ではなく、それ独自の科学技術で成り立つ成果の活用であり、互いに異次元の存在として相協力する関係を表す。この関係は、現在のインターネット・スマートフォンのいわゆるディジタル文明技術における歩行ナビゲーションサービスでの電子コンパスの役割にも如実に表れている。すなわち、電子コンパスは、地磁気センサとして方角を特定しており、そこでは、高感度のマイクロ磁気センサが必要である。この場合、初期の段階では、低感度(低価格)の磁気センサにディジタル技術の加算演算処理を追加する、ディジタル技術の応用を試みた例があったが、方角検出の時間の増大と、加算演算での電力消費量が課題となって、失敗に帰した。スマートフォンにおけるディジタル文明技術の補完であるアモルファスワイヤMIセンサは、さらに重要性を増し、同時に、補完技術としての高性能マイクロセンサの存在意義を増している。このように、科学技術は、多次元的に発展することが分かり、互いに補完しつつ、人類の発展のために貢献している。

 このMIセンサは、わが国の産学官連携で成功裏に、愛知製鋼株式会社によって実用化されたものであるが、同社では、スマートフォン用の電子コンパスに量産されるとともに、近年では、自動車産業の目標であるクルマの自動運転に向けた磁気ガイダンスシステムGMPSを開発している。このGMPSでは、道路走行面の磁気マーカーとしてフェライト磁石(低価格、低磁力)を採用し、MIセンサの磁気検出性能の超高感度性とともに、超高速応答特性(磁気インピーダンス効果では、アモルファスワイヤの表皮効果を利用)も利用し、政府官庁主催の全国各地での公道実証試験を行い、GPS(またはGNSS)の電波の届きにくいトンネルや空港構造物下などでも、車両の高速正着走行制御性能を実証している。クルマ走行の道路面には、道路形成の鉄骨など、磁気雑音発生源が多い。この中で、一定間隔に設置した磁気マーカーフェライト小型磁石の微弱磁気を車載の磁気センサで遠隔検知する方式のものであるが、MIセンサアレイの高感度特性や高速応答特性およびロバストネスを利用するため、実現できている。このようにMIセンサは、現在文明を補完するという観点から人類社会の発展に貢献していると言っても過言ではない。

 筆者は、高校3年生担当教員の要請で、地元著名大学新設の電子工学1期生としてエレクトロニクス学者を志望した。そして、大学及び大学院では、いわゆる非生物系の電子系知識の吸収に集中し、研究や発明に没頭してきた。しかし、今となっての反省点は、生物系(代謝、免役、遺伝)の思考法も吸収すべきことであった。

 これまでの経験を踏まえて、次元という視点で、若手科学技術研究者へのメッセージをまとめる。

  • (1) その時代の文明 (習慣的に日常生活に必要な技術であり,マスコミュニケ―ションなど周りの流行などの影響を受ける)の技術は、人類(生物)の多次元の欲望である。
  • (2) その次元数は、歴史的に非常に高い。その構成の次元は、互いに直交して独立であり、その基礎である科学技術は、互いに補完し合っており、互いに独立である。
  • (3) 科学技術研究は、優劣がなく、互いに補完し合い協調して、人類(道具を使い、発明・発見を行い移動する社会的創造的動物)の発展に寄与する。
  • (4) 科学技術研究は、互いに尊重することによって発展する。
  • (5) 研究者個人としては、深い疑問を感じて何日も考え続けると、新規な発見に至る場合があるが、まずは特許申請による自己の研究の権利の保証が急がれる。そして研究の成果が出始めたら、現在進行中の社会的生活技術(文明の技術;欧米発科学技術の成果としてのディジタル技術)との関連で、自己の研究成果の位置づけ、を考慮することが望ましい。

 本コラムを読んだ若手科学技術研究者が、文明を創造する、または文明を補完するという観点から、人類社会の発展に役立つ日が来るのを楽しみにしている。

2021.11.19